実は、本日4月6日は我らが敬愛するアルブレヒト・デューラーの命日だったりする。
北方ルネサンスを代表するドイツの巨匠デューラーは、今から495年前のこの日、この世を去ったのである。
そんなデューラーが埋葬されているのが、ニュルンベルクの旧市街地から西側へ少し歩いたところにある「聖ヨハニス墓地(Johannisfriedhof)」なのである。
この墓地の最大の目玉はやはり、ドイツを代表する巨匠アルブレヒト・デューラーの墓であることは間違いない。
しかしそうでなくとも、この墓地には特筆すべきものがある。それがなにかといえば、そう、その圧倒的な美しさである。
今回はニュルンベルクの旧市街地から徒歩で行ける距離にありながらツアーではあまり行く機会のない、しかし「世界一美しい」と評されることもある隠れた名所「聖ヨハニス墓地」の素晴らしさをご紹介したい。
薔薇の花の咲き乱れる、天国のような墓地
墓地というと、私たち日本人はどうしても無機質な墓石が立ち並ぶ、少し薄気味悪い場所を想像しがちではないだろうか。
しかし、ドイツの墓地はその点、大きく異なっている。
なんとも美しい薔薇の咲き乱れる庭園──かと思いきや、これは聖ヨハニス墓地の中の写真である。
よく見ると、薔薇の向こうに墓石が並ぶのが見えるはずだ。
ドイツの墓地にはこのように、献花とは別に薔薇などの木々が通路沿いにたくさん植樹されており、薔薇園と見紛うほどの様相を呈するのだが、この聖ヨハニス墓地はまさにその最たるものだろう。
事実、この墓地は「薔薇の墓地(Rosenfriedhof)🌹」と呼ばれている。
なお、ドイツの方々は墓地に墓参りのためだけでなく、ただの散歩のためにもよく来るとか。
日本だと、墓地に行くなんて墓参りか、(決して褒められたものではないが)子どもが肝試しで近づくくらいのイメージだろう。
しかしここに限らず、ドイツの墓地はどこも本当に美しい。墓そのものが芸術作品のようになっているものも多く(これについては後述)、そこにこれだけ見事な薔薇が咲き乱れていればたしかに散歩で来たくなるのもわかる。
日本では(怖がりなので)できるかぎり墓地に近寄らない私だが、この聖ヨハニス墓地には少しも恐怖感を覚えないし、実際、ドイツ滞在中には理由もなく何度もこの墓地を訪れ、癒されたものである。
ちなみにドイツでは街中でも至るところに薔薇が植えられており、どうやらみんな薔薇が大好きのようだが、日本の人と違ってかなりの人が花の香りをしっかり嗅ぎにいく。
薔薇園でも、街中でも、この墓地でも、こうして薔薇が咲いているとドイツの人たちは皆思いっきり花に顔を近づけて、ひとつひとつの香りの違いを大いに楽しんでいる。
薔薇の花を愛するドイツの人たちにとって、薔薇を楽しむというのは見た目だけでなく、その香りもしっかり含まれているらしい。
このときも、見知らぬおじいさんに「これ、いい香りだよ」と突然話枯れられて少し驚いたが、実際とてもいい香りで、教えてくれたことに「Danke schön!」と私たちがお礼を言うと、とってもいい笑顔で去っていかれた。
ドイツってこういう自然な温かい交流がとても多い気がする。そういうの、すごく素敵だなあと思う。
ちなみに私自身、薔薇が一番好きな花ということもあり、今では薔薇を見つけるたび嗅ぐようになった。
すると、薔薇の種類で本当に匂いが全然違うことに気づいた。さすがは薔薇を愛するドイツ人たち。薔薇の楽しみ方をよく知っている。
美術館の展示と見紛うほどの墓たち
見事な天使の彫刻に思わず見入ってしまうが、これは美術館の展示品などではなく、どこかのご家族のお墓なのだ。
こんな美術館の彫刻作品のようなお墓が、この墓地にはたくさんある。
少し見えづらいが、上の写真の右奥に緑青色のプレートのついた墓石がある。その墓石の前に同じく緑青色のなにかがあるのをご確認いただけるだろう。
これは、墓石に縋って泣き崩れる人の彫刻だ。ここに眠る人を偲ぶその想いが、劇的なまでに表現されている。
また、この墓地ではこのように墓石が棺のように地面の上に置かれている。
日本の墓石の並べ方とはかなり違うので、その点も非常に印象的だ。
そして墓地の奥のほうには、このような場所も。
ここは「Arkadengrufthalle」で、いわゆる納骨堂とのこと。
ホールの中には、いくつかの彫像などがあり、厳粛な雰囲気がある。
途中から、墓地を歩いていることをすっかり忘れ、なんとなく野外美術館的なところにいるような気になっていた。ヨハニス墓地、恐るべし。
アルブレヒト・デューラーの墓
いよいよ、今回の私たちの目的でもあるアルブレヒト・デューラーの墓を探す。
これはこの墓地の入口なのだが、そのすぐ近くに下の写真ようなプレートがある。
この聖ヨハニス墓地のマップで、ここに著名人の墓の場所まで丁寧に表記されているのだ。
というわけで、このマップを頼りにさっそくデューラーの墓を探してみると──。
見つけた!!
これが、我らが敬愛するドイツの巨匠、アルブレヒト・デューラーの墓である。
ちょうど、ニュルンベルク市から紅白のカーネーションが献花されていた。
(金字で「Stadt Nürnberg」と入った深紅のリボンがついている)
プレートにはしっかりと、AとDを組み合わせてデューラーの名字の由来である「扉」を表現したデューラーのサインが刻印されている(このサイン、本当にいつ見てもおしゃれだなあと思う)。
ここに、私たちの敬愛するアルブレヒト・デューラーが眠っているのだと思うと、なんとも言えぬ感動を覚えた。
マップに従い、そこから少し移動したところに、この方のお墓も。
ヴィリバルト・ピルクハイマー(Willibald Pirckheimer, 1470-1530)は高名な人文主義者でニュルンベルク市参事会員でもあり、そして我らがデューラーの親友だった人物だ。
彼についてはまた別の機会にしっかりと語りたいので今回は割愛するが、彼の人生も大変興味深く、また、なんといっても我らがデューラーの大親友なので、私たちにとっても特別な人物である。
そしてもう一人……!
ピルクハイマーの墓とよく似ているが、これはまた別の、しかしやはりデューラーやピルクハイマーと同時代のニュルンベルク市民の墓だ。
これは、ラーツァルス・シュペングラー(Lazarus Spengler, 1479-1534)という人物のお墓である。
シュペングラーはニュルンベルクの市参事会書記だった人物でデューラーやピルクハイマーとも交流のあった人物だが、彼がとりわけ有名なのは宗教改革期における活躍による。
彼はルターの熱心な支持者であり、ルターを擁護する文書を出したことでルター、ピルクハイマーとともに教会から破門されそうになったことまであったりする。
また、ルター派のシンボルとして有名な「ルターの薔薇(Lutherrose)」と呼ばれる紋章のデザインの完成に大きく携わった人物でもあった。
ニュルンベルクの宗教改革史を研究していた私にとっては、超重要人物なのだ。
そんなわけで、多分ほとんどの人にとって「誰それ?」な人物であるこのシュペングラーの墓を前に、私たちはまた深い深い感慨に浸ったわけで……。
聖ヨハニス教会
最後に、この墓地の中央付近に建つ、聖ヨハニス教会(St. Johanniskirche)の中も見学。
美しいオレンジ色の教会は、薔薇の花の咲き乱れるこの素晴らしい墓地にとてもよく合っている。
なんとも素敵な入口の扉を開けて、中に入ってみると……
こじんまりとした、しかし美しいステンドグラスと立派な祭壇のある、とても素敵な教会だ。
これまで、自分が埋葬される場所について考えたことはなかった。でもこの聖ヨハニス墓地を知り、自分が埋葬されるならこんな墓地がいいなあと心から思った。
実際にそこで永遠の眠りにつくわけではないにせよ、これだけ美しい花々に囲まれ、その花々を愛でる人々がたくさん訪れるこの場所なら寂しさとは無縁のような気がするし、自分を偲んでここに来てくれる人にとっても、大いに心の慰めになるだろうと思ったからだ。
もし自分がいつかドイツで死ぬことになれば、可能なら是非ともここに埋葬してもらいたいものだが、できることなら日本にも、こうした薔薇などの美しい花々に溢れ、市民たちが憩うことのできるような素敵な墓地がもっと増えてほしいなどと思う、無鉄砲姉妹なのだった。